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2009/08/26

これが観たいんじゃい! センコロール



監督・脚本・作画:宇木敦哉
音楽:ryo (supercell)

ありゃま、ありゃま。こんなに一人でやっちゃって!なのにどうしたこのクオリティ。趣味ですかね え。
とりあえず2chでは叩かれまくってた!あ、まあ、いつものことか。
池袋のテアトルダイヤ映画館のしかも、モーニング、レイトのみしか上映してないんだって。
ある人のブログによると初回の22日早朝から並んだけど、40~50人近く行列が出来ていたらしい。DVD化は検討中らしい。
音楽については、ピコピコいってて気持ちいね。

センコロール公式HP

2009/07/27

サマーウォーズ - summer wars - を観て来た



サマーウォーズの試写会の応募に見事当選したらしかったので、友達と一緒に観にいってきました。以下、特に印象的だったことをまとめてみる。



・背景の美しさ(特に空)
・栄おばあちゃんのもつ絆の強さ(彼女の人望、意思の強さ、人への思いやりを尊敬した)
・OZのリアルさ(本当にこんな事件起こりそう!という気分にさせられる)
・観たあとの心地良いスッキリ感(エヴァを観たときのような複雑な心境には陥らず、何か、救いが得られたような、人間そんなに愚かじゃないよな・・・と思えた)



深く考えさせられる映画ではないと思った(人間がどうだ、生命がどうだ、善悪がどうだとか)。しかし、ひとつ気になるのは、あらゆるものをネットで管理しようとした結果、大事な権限が奪われてしまい、自由が利かなくなるといった点。責任や管理を分散しておけば、今回の事件は小規模で留まったのかなと、そうみれば今のネット化の社会への批判とも受け取れる。
一方でよい点もある。何か大きな問題が発生してしまった場合、情報共有がしやすくなったためにその解決に向け、地球規模でチームワークを発揮しやすくなる(そんなのキレイごとじゃん!とも言える)。


と、これから観る方々は僕のように変な想像を巡らせるのはやめて、陣内家の家族たちとともに「家族の絆」の素晴らしさについてじっくり浸っていただきたい。どんなにネット化されようと、それを利用するのは僕たちで、僕たちの絆がとても大切なのだから・・・・。

2009/07/16

「新劇場版エヴァンゲリオン:破」を観て



先日、エヴァンゲリオン:破を劇場に足を運び観にいったんだけど、記事を書くかどうか迷っていました。なんというか、このブログをサブカル色に染めるのは如何なものかというのも頭を過ぎりましてね。。。でも、こいつはもう芸術の域にまで達していると思ったので、書いてみます。



観た感想・・・。なんといいますか、言葉にならないというか。面白かったといわれれば面白かったと安直に答えてしまうと思うのですが、それじゃあ済まない感じがふつふつとありまして。
アニメによって考えさせられたり、悩んだり、そんなこと求めるだけ無駄よ!って言われる方には、理解し難いのかもしれないですが、僕は、こういった考えなくてはならない作品こそ素敵だなと思います。映画を観終わったに残る余韻は、必ずしも心地よいものとは言えません。グロテスクなシーンもありますし、親子の理解し合えない溝も垣間見える・・・。
僕は旧作も観ていますので、大方話の筋は分かっていたのですが、今回は何か希望のようなものが見えるのです。製作者サイドも語っているようなのですが、「カッコイイロボットアニメにしよう!」らしいです。二人の間にあった溝、周りの助けもあり、どうにか乗り越えられそうなそんな希望が見えます。なぜ旧作は、結局分かりあえなかったのか(それも表現のひとつですが)、それは監督にしか分からないのでしょうが、精神的な変化もあったのかもしれません。今の世間の精神状態を考えて、ここに絶望を植えつけても何も生まれないと踏んだのでしょうか(そこまで考えられているのかは不明です)。それとも、それだけ人間関係に変化の兆しが現れてきたと監督は感じているのでしょうかね。恐らく、満面の笑みで迎えられるようなハッピーエンドにはならないとは思いますが。と、いろいろと無駄なことを考えてしまいますが。
こんなエヴァも悪くないかな、むしろ素敵だなと思います。希望なんて、楽観的なこと、忌忌しきこと、僕は昔そんな風に思っていました(反抗期とかね)。でも、人間はやっぱり希望がなくては生きていけない、幸せを願って僕たちは生きて行こうよ、と僕は最近では思うようになりました(そんなこと当然だよ!と思われるかもしれませんが)。それは何から享受されるのかわかりませんが、それはアニメでも構わないと思います。だからこそ、「マイガール」に嵌っているのかもしれません。


全体の構成として、戦闘と日常生活のバランスが素晴らしかったかと思います。素人目ですが。日常生活の描写は見ていて、心が温まりますし、素敵なんですが、なぜかエヴァということで戦闘シーンも心の奥で求めていました。「あーそろそろ使徒来る気がするなあーと思ったいいタイミングで使徒が来てくれます。」そして、戦闘、CGも使い、旧作とは違った美しさがそこには広がりました。音楽もとても素晴らしく、不安を掻き立てさせるような、胸が疼く曲達だったと思います。
それと、変な目で見られるのは嫌ですが、女性キャラクターの曲線が絶妙でよかった。貞本さんはやっぱり天才ですね。そんじょそこらのイラストレーターやマンガ家にはマネできないような境地に辿りついているように思います。そして、今のアニメに見られがちなまるで動物かと思うような、目の大きさではなく、シャープでキレがあり、頭身も人間らしい。目を大きくすると、確かに可愛いとは思うのですが、何か違うな、猫か?とも思えて、感情移入しにくいので、リアルな描写の方が僕は圧倒的に好きです。これからも素敵な曲線を描いていって欲しいものです(貞本さん自身が描くと、がちゃがちゃしてしまうところもあるみたいですが)。


ビジネスでも上手く戦略を立てているなあと思います。コンビニでも商品見かけますし、雑誌でもかなり取り上げられています。エヴァというブランドがあるからこその大胆な戦略かと思いますが、どっかしらエヴァについて目で、耳で情報が入らざるを得ない状況を作りだす、すごいです。


と、こんなところで〆ます。まとまりの無い文章となってしまった・・・。
しっかし、一度インプットした記憶からは逃れられず、都合のいい解釈をしてしまっているように思えて、怖い。「エヴァはおもしろい、エヴァは僕をどきどきさせてくれる」という。




*追記


エヴァンゲリオン破のDVDが発売になりましたね!

2009/07/01

ゆれる



なんというか、居心地の悪い。
心が抉り取られるような。
終わっても心の靄が晴れ渡ることはない。


2009/05/02

グラン・トリノ-GRAN TORINO- 



「映画なんて、久しく観ていないな」という軽い気持ちで観に行ったのだが・・・。
アメリカ人の価値観ってこんなんだったっけと考えさせられてしまった。
以下は多少ネタばれ&感想を書き綴っておりますー。





僕はアメリカ人というのが、戦争好きで、この時代に至っても、戦勝の栄光にしがみついているのだろうと少なからず偏見を持っていた。僕は小学生くらいのとき、親父が観ていた戦争映画を一緒に観ていた。そこでは戦争は美しいものとして描かれていた。この経験が僕に曲がった価値観を植え付けていたのかもしれない。
しかし、このグラン・トリノはどうだろう。これは、監督であるイーストウッドの考え(または、脚本家か?)であり、アメリカ国民全体を示したものではないだろう。しかし、僕はグラン・トリノにすごく衝撃を覚えてしまった。ストーリーの詳細は長くなるので割愛させていただくが、簡単に説明すると以下のようなストーリーである。
当時、朝鮮戦争に狩り出されていたイーストウッド演じる男は、愛妻を亡くし、人間関係を自分で考え直さないとならない岐路に立たされる。しかし、戦争で人を殺した記憶に苛まれてか、男は、自分をうまく表現できない。そのせいか、家族や周りの人間から頑固ものと思われてしまう。彼には愛犬とグラン・トリノという愛車しか友達と呼べる友達がいなくなっていた。彼は間違いなく孤独であった。ある日、隣に朝鮮系の家族が引っ越してきた。彼はその朝鮮系の家族をイエローと呼んで、彼らが行う祭事をことごとく嫌った。しかし、ひょんなことから、彼らとの付き合いが始まる。初めこそ、彼らを避けていた男だったが、次第に彼らの文化に心を開いていく。そして、自分の価値観や、生と死についての考えを変えていくこととなる。しかし…。これ以上はネタばれになるため、止めておく。
彼が、朝鮮系の家族や周りの人間に理解を示していく過程が、とても人間臭く、美しかった。

イーストウッドも渋くてカッコよかった。
脚本は、「ミリオンダラー・ベイビー(2004)」で有名な、ニック・シェンクである。彼のインタビューも見つけたので、読んでみるといいかもしれない(http://variety.nikkei.co.jp/interview/2009/04/interview06-1.html)。



グラン・トリノ公式HP




2009/03/25

ポケ虹



TVアニメの場面を一旦バラバラにして、そこに新たな息を吹き込む。
どのように話の内容になるのかわからないですが。
僕は、コテコテの恋愛ものも嫌いじゃないです。
これからもこういう試みは広がっていくんですかね。